ひろの誕生日はたのしかったね。鍋しておねえさんにいただいたスヌーピーケーキ食べて、一緒に靴買いに行って、スヌーピークッションも喜んでて、かわいかった。

次の日はずっと行こう行こういってて行ったことなかった沖縄のとこで食べて.ただちょっと、店員がマスクしてないとかで、うん?てなりもしちゃったけど

最終日はあそこでモーニングでエッグベネディクト的なのよ。おいしかった。ここまではよかった。そこから軽い気持ちで予約してた不動産屋にいったら、そのまま内見で昼抜きで18時19時になってしまい疲れた.

そして私が今後も未来永劫ペーパードライバーのままでいるつもりな発言でひろがは?となったり、私が源泉徴収票なくしてたり、価格で現実を見たり、自分への自信の喪失が激しく 疲れもありなんだか消えたくなってた。

希望もみえたけどそれより戸建てのコミュニティの不安や駅に近くはない生活への不安云々も急速に増して。貯蓄も本気出しておかなければならなかったのに私は何をしていたんだろうと。仕事もうまくいってないし、人として何もかも無理なメンタルになってしまって。結婚式前のときと似てるかも.

翌日母姉に電話したら、やはり戸建てとか新しく一気になんとうもたてるやつのコミュニティの面倒さとかを説かれ、母のあの口調で自分で感じてた不安を責めるような感じで言われたから過呼吸気味に泣いた.そんなこと言ったらどこにも住めないじゃんって泣きまくった.当然責めるような物言いした気は本人全くないし、私を思ってのことで、ネガティブとか文句とか後ろ向きとかではなくマイナス面をたくさん考えて挙げて、どれなら我慢できるかどれは絶対無理かって考えていく方が大きな人生の買い物なんだからって。で、私がひろに意見言いづらくて不安溜めてるから泣いたって解釈したみたいで、母と姉2人で慰めてくれた。ヒロが悪いみたいになったらそれは違うからめっちゃ違うよって説明したけど、母の言い方が辛かったっていうのはたぶん伝わらなかった。まあ、いいんだ、大丈夫。確かに、就職の時とかと同じなのかなって.言い出したら結局どの仕事も嫌だ無理だけど、そのなかでまだ耐えられるのはどれ?てことだ。そうだよなぁ、て。あとから考えてなかったマイナス面がでてきて頭抱えるより石橋叩きまくる方がいいよね、て。

でも、泣いた話したらひろ、なつには家はまだ早かったか..とか言い出していやそういうんじゃなくてね、てなった

でもお皿洗いしてくれて、なつが不安なのは俺が家事あんましないからかなみたいになって、嬉しかった.でも違うよー家事とかも当然不安だけど広いし勝手違うし、でもそれが主じゃなくてコミュニティだとかセキュリティも不慣れな面だらけでって、て

父にも電話したら、父は、戸建てもいいけど駅からバスはヒロ通勤しんどいぞってすごく言ってた.でも父は言い方が柔らかくて、とても優しくて素直にきけた。

昨日、午後お手洗いも水飲みにも行けずに、正確には行けるけどもこれ終わったらあれ出来たらってきりのいいタイミングはかってたら秒で定時だった感じだけど、帰るギリ前にあっもう限界!てお手洗いに駆け込んだのさ。駆け込んでわーって用足して、フー帰るぞって洗面台でばって鏡見たら\\\\\\くそぶさ/////

こんな仕打ちある?1日仕事頑張った最後になんて仕打ちなの??なんて日だ??まぁ私の顔以外なにもだれも悪くないんだけどね???

ってなったわけ。

考えたらなんとなくアイラインなしで出社してたのよ。けど朝家出る時はここまでひどくなかったよね?て、1日頑張って化粧もよれるしコンディション落ちてたんだね、1日頑張ったのに、ね!!!!!!

んで今日はちゃんとライン引いてったし気分転換に前髪も少し切ったんだけど、最近二重幅ちょっと狭くなったよね。定着してくれてるのはありがたい話だけど、あーやっぱこの程度が私の限界だよなぁと。


松岡茉優みたいな小柄で色白ふっくらめぱっちり目可愛いけど落ち着いてる声、、、菊池亜希子のような素朴なようでシュッとしたかっこいいかわいさ、、、どちらのタイプにもなれないわけ

私は私をどうブランディングしたらいいんざんしょ




優しくされたいときにチョコを食べる。優しくされなかったとき、優しくできなかったとき、優しくされたくてチョコを食べる。もっとおじやとか茶碗蒸しとかしみるような優しい味わいってたくさんあるけど、そういう優しさを求めてる時もあるけど、

泣きじゃくった日も泣きたいのに泣けなくてから風吹き荒れてるような日もダイレクトにがつんと優しい。くらくらするほど甘い。直球で優しい。それがチョコ

心が弱ってる

どうしようもないほどまっすぐに優しくされたい。ただひたすらに優しくされて、優しい眼差しで優しい声色で優しい言葉に包まれたい。優しい温度で優しく笑いかけられたい。

優しさに優しさで返せるかはわからない

優しいから優しくできるのかも定かではない

優しい声色をだしながら自分を守っていることがほとんどだ

優しくされなかったダメージも優しくできなかったダメージも結局痛い

偽善で良い、何でも良い、悪意より偽善、幼稚な人間力で不快にさせるより無になったほうがまし、

余裕のないとき(大抵そうな気もするが)、ほんの少しのなんてことない棘で思いっきり血が出ることがあるから、できることなら極力そのきっかけの棘にならずにいたい

なんて思うのに優しくなれない、何も見えない、自分しか見えない、何も言えない、何もできない、笑おうとして笑うが笑おうとしなければ口角がまったくあがらない微動だにしない

無害になりたい、どうか願わくばいつか無害になりたい、消えたい

母も姉も大好きだけど、母と話していると時々軽く口論のようになる。意見をぶつけあうような、つっかかりあうような空気になってしまう。綺麗好きとか神経質になると子どもができたとき大変だしよくないからやめたほうがいいようなことを言われたのも、言い方も、結構キた。実家は汚いということを私が匂わしたのが悪かった。マウントの取り合いのようになってしまった。疲れた。

一瞬沈黙した後テレビの全然違う話題に移って、そこからは他愛無い話とかで、姉も帰ってきてずっとわらけてたけど。

自己嫌悪になる。鏡だ。ね。私のだめなところでてしまった。母のだめなところもひき出してしまったなとおもう。

しかし実家はありがたい。好き。でも、ひろのとこに帰るのはほっとする。

仕事相変わらず追いついてない部分あるしミスもするし、ずーっと頭回転して焦ってるから疲れるし、嫌なんだけど、

でも5年も経つと自分の采配でできる部分が増えるじゃん。小さなことだけど任せられることが増えるじゃん。やりたいことじゃなくても、興味のない分野でも、人間関係において社内に私がいる意味を少しでも感じられたら、辞めるという選択肢は薄れていくものなんだな。

逃げ場は大切。旦那さんと不安になる時は仕事に、仕事やばすぎるときは旦那さんや友達に、逃げる。分散させる。給料安くても仕事続けてて、家事もやっていたら、引目もあまり感じずに済む。