好きの形は本当にたくさんある。どれも偽物ではない。好きが1人でなくてはいけないということはないと思う。形が違うから仕方がない。ただ、誠実さは、その中から自分にとっての一番大事な好きをきちんと選ぶことだ。大切にできる好きは一つしかない。いくつもの好きをとって欺いてしまったらそれは違う。

旅先で、スポーツの神様の神社に行って、真っ先に顔が浮かんだ。とても自然と浮かんだから、あげられることはもうないんだなって なんでかわかんないけどすごくあげたいって思った。けどそれは違うんだなぁって。

家に帰ってひろがいて、合格祈願やあんこを当たり前のようにあげられるってほんとにすごいことだなって思った。

こんな私がこの先何十年も添い遂げられるのかな。1人で叶わない誰かを想っているのは責任もなくて楽なんだ。自分のために泣いているのは苦しくて楽なんだ。